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韓国における憲法と日本の憲法改正論議について

 呉在一(全南大学校 教授/光州・全南発展院 院長)

 韓国から本日参りました。遅れてしまい大変申し訳ございません。本日は、憲法を中心に考えるということなのですが、わたしは、地方自治や政治・行政学が専門ですので、一般市民の立場としてお話させていただきます。その後、韓国における独島・竹島の問題にも触れたいと思います。

1)韓国における憲法の問題

  まず、韓国でも憲法改正の問題は、5月の地方選挙の後には急速に浮かび上がるだろうと思います。韓国では、1987年に憲法改正が行われてから、民主化が進み、アジアでは相当高いレベルまで自由が保障されていると言われています。従いまして、現在は、1987年とは全く異なる社会環境になりましたので、国家システムをどう見直すかというのが、現在直面している課題であると言えます。その一番の課題が南北統一の問題です。わたしは、1952年生まれなので、朝鮮戦争を体験していませんが、わたしの上の世代は直接体験しています。従いまして、南北問題はやはり大きな課題であります。

  次に、韓国の憲法は、これまでは国家統治の基本法というものでありました。しかし、市民社会が徐々に大きくなっていく中で、憲法の中に「市民社会」という概念が入らなければならないという状況になりました。現在、話題になっているものに、地域主義の問題があります。地域感情という言葉で言われていますが、とくに選挙の際、地域ごとに特定の政党に対して極端に賛否の評価が分かれますので、それを克服するためにも、新しい大統領制に改正したらどうかという見解があります。または、今は大統領の任期が1期5年ですが、アメリカのように2期8年に変えたらどうかという見解や、さらに、日本のように議院内閣制に変えたらどうかという見解もあります。韓国は、市民社会の力が強いので、憲法改正の際に、「市民社会」の概念を入れてほしいということです。今回、5月の地方選挙後には、大きな政界再編が行われ、保守系と進歩系に分かれていくのではないかといわれています。

  韓国では、来年12月の大統領選挙に向ける政界再編、アメリカとのFTA問題が、大きな問題となっていますが、日本の憲法改正問題についていいますと、日本の再軍事化を許してしまうのではないかという心配があります。日本は、アメリカと手を結び、平和に役立とうと言いますが、かえって不安感をつくりだしています。日本の憲法改正問題は、日本の国内問題ではなく、わたしたちアジアの問題、広い意味では世界平和とも密接に関係していると考えています。

2)韓国の憲法と地方自治

  韓国は、1948年の憲法成立から9回の改正が行われてきましたが、憲法と地方自治について常に問題となっていたのは権力の問題でありました。憲法では、地方自治に関して第8章という独立した章が設けられていますが、ここは一度も改正されていませんでした。つまり、韓国の地方自治は、憲法とは関係なしに行なわれてきており、地方自治が憲法の問題であるという意識はほとんどなかったのです。一般の市民や専門家の間でも、地方自治は行政の一部であるという認識を多くの人が持っています。これをどう変えていくか、わたしたちも今回の憲法改正へ向けて準備していかなければならないと思っています。

  現行憲法は、地方自治に関しては、法律にゆだねています。地方議会は憲法に定められていますが、自治体の長については定めがありません。従いまして、現状では、自治体の首長を国が任命しても憲法違反ということではありません。象徴的な問題として、済州島は、自治階層が二段階から一段階に改正されて、今年の7月1日から済州特別自治道となります。これは日本では憲法の問題として扱われますが、韓国では法律の問題になります。そして、ある憲法学者は、地方自治に対する憲法上の無条件的な法律への委任は、地方自治に対する立法独裁の道を許してしまったという批判を行っています。今回の憲法改正では、地方自治に関する憲法上の問題を整理していかなければならないと考えています。

  今回の地方選挙では次のような特徴があります。まず、選挙年齢、投票権が19歳に引き下げられており、さらに、一定の条件をクリアした在留外国人にも投票権を与えています。すでに、去年7月に実施された済州島の自治階層の変更に関する住民投票で、初めて外国人に投票権が与えられており、その後公職選挙法が改正され、外国人にも地方選挙に限っての投票権が与えられるようになりました。そして、女性の参政権も拡大されております。例えば、韓国では今度の地方選挙から基礎自治体の議会でも比例代表制を導入しており、名簿の1位は必ず女性にしております。どこの基礎自治体でも女性は必ず1名は入ることになります。また、地方議会の給料制、有給職が導入されました。これは住民が決めます。支給基準は大統領令が定めることにより、当該地方自治団体の「議政費審議委員会」が決定する範囲内で当該地方自治団体の条例で定めることになりました。そして、各自治体によって差があり、例えば同じ広域自治体であるソウル特別市では、年間6804万ウォンで、釜山広域市では5637万ウォン、わたしが住んでいる光州広域市では4231万ウォンとなっています。

  今回の選挙の一番大きな焦点を、与党側は地方政府の審判論であるとし、野党側は盧武鉉政権の中間審判であるという主張をしています。現在250の自治体がありますが、その約88%の首長を野党側が占めている状態で、それについて与党側は、地方自治が腐敗していると、地方自治への警戒感を示しています。しかし、盧武鉉政権の発足には、分権改革を強調し、政府として分権改革をやっていこうとしている中で、選挙戦略として執権与党側が地方政府審判論を打ち出しているのは、どうしても理屈に合いません。現在の状況のもとでは、与党側が優位に立っている自治体は非常に数少ない状況です。選挙結果の責任が問われ、与党が分裂するのではないかということが言われています。

  今度の地方選挙で目立つことは、すでに日本の一部の地方選挙で行われたローカル・マニフェスト運動の影響です。韓国におけるローカル・マニフェスト運動は、市民運動としてNPOOから始められていましたが、この運動をマスコミと中央選挙管理委員会が受け入れ、市民団体と手を結び、全面的にバックアップし、地方選挙の主な焦点の一つになっています。

3)韓国から見た日本の問題

  日本に関する問題としては、つい最近、韓国大統領の特別談話が発表されたばかりですが、独島・竹島の問題があります。かつて、日本は、1910年の韓日合併の前に、先に独島を編入したということで、韓国にとっては、 独島についての日本の領有権主張は、侵略の始まりであるという認識があります。ここが韓日間の市民の温度差だと思います。今後の韓国と日本の政府間の調整がどうなるか気になります。なぜかというと、日本と周辺国とは、歴史認識と靖国の問題があるからです。

  歴史問題や靖国問題は、中国と韓国の力が大きくなってきたということの象徴であるといえます。かつては、極東アジアにおいて日本が突出して、一方的な力を持っていました。しかし、中、韓も力を強化してきました。このことに日本の保守勢力が危機感を持っているのではないかと思います。それを最近のアメリカの極東アジア戦略と重ね合わせているのではないか。日本政府は、中国や韓国などアジアの諸国というよりは、ヨーロッパ、アメリカの方を重視していると言われています。日本は、19世紀後半からアジアの国々より先に近代化を進めましたが、長い歴史的な面を考えると、中、韓とともに漢字文化圏、儒教文化圏、仏教文化圏であるにもかかわらず、なぜ日本だけが欧米向きになっているのかという疑問が残ります。そうした欧米重視の認識が変わらなければ、東北アジアの平和は構築できないのではないか。そして、これはそのままアメリカとつながっているのではないか。今回の韓国の地方選挙の後で一番大きな問題の一つとなるのは、アメリカとのFTA締結の問題です。これについて一部の進歩勢力や市民団体は、アメリカとのFTAが締結されれば、アメリカの影響力があまりも大きく韓国に与えられるのではないかという心配をしております。

【当日配布資料】 レジュメ


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