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第2部 質疑応答・議論

安藤博(東海大学平和戦略研究所教授)

 安全保障に関わる問題について、一言わせていただきたいと思います。やはり、この前に須田さんが提起された問題に戻ってしまいます。わたしは昨年の暮れから、市民立憲フォーラムの活動の一環として『市民の安全保障』という題の本を書いていくなかで、日米安保体制と憲法で謳われている「平和的手段による平和の達成」ということとの矛盾をどう考えるかということに、相当苦しみました。米軍の戦力再配置に関して、米国海兵隊のグアムへの移転に多額の日本の税金が使われることがクローズアップされていますが、日米の軍事的融合という点で一番大きな問題は、米国本土にある米陸軍第一軍団司令部を座間に移すということに見られる、米軍が進めている世界規模の新しい戦略に、日本ががっちり組み込まれようとしていることでしょう。この、日米の軍事的融合の実態を抜きにして、日本国憲法第9条が守られているとかいないといったところで、意味がないとさえ思えます。

  もう一つ、人間の安全保障については、日本政府の外交政策の柱にもなっていますが、依然として「マシュマロ」のようなものだと言われたりしています。ハードな軍事面の安全保障に比べると、フニャフニャした頼りがいのないものだということです。軍事安全保障に頼らねばならないと考えている人が、わたしたちと同じ市民のなかでも多く、この場に集まっている方々は、むしろ少数派であることを、自覚しておかなければなりません。

  最後に、安全保障のための市民としての実践の問題です。どのようにして現実を少しでも変えていくのか、わたしが自分なりに手がけていることもありますが、それがマシュマロ的であることも自覚しています。しかし、日本国憲法は、わたしたち市民の大事な財産だと思います。憲法に関する議論をどんどん開き、もっと広い範囲で話し合ってゆかなければならないと考えています。

三宅弘(自由人権協会理事)

 本日は、発足から2年ということで参加させていただきましたが、発足時の議論からは進歩したように思います。稲さんのレポートの中で、「アジア人権憲章」の話が出てきました。これは香港のNGOが中心となってつくり、韓国の光州で発表したもので、日本からは自由人権協会のメンバーも参加しておりました。しかしこれは日本であまり知られていません。4年前にタイで中国に情報公開法を制定させるための国際シンポジウムが開かれ、わたしも招かれたのですが、その受付に、この「アジア人権憲章」が置いてあり、その存在を知りました。

 本日、それぞれの方々が、憲法や環境問題、安全保障の問題などについてお話になられました。そういったことも踏まえて、うまく共通項をみつけて、何ができるのでしょうか。先ほど江橋さんは、日本に国内の人権委員会がないことを指摘されました。アジアの共同体、人間の安全保障、平和の文化を創っていく、ということを考えるときに、それぞれが個々に抱える問題を人権というフィルターにかけて、人権保障なるものを考えていくということです。ヨーロッパの人権裁判所、ヨーロッパ人権憲章のように、それぞれの国の憲法のレベルで、自国の人権保障のレベルは「これぐらい」であると定め、共通の素材として、東アジアの人々の権利がどれほど守られているのか、という視点から考えることが、わたしたちが市民社会における憲法を考える、アジアの共同体を目指す上での手がかりになるのではないでしょうか。

  こういう問題提起をすると、弁護士会の中だけですぐに「人権保障の法をつくろう」ということになるのですが、それを広げて、さまざまな運動をやっておられる方々とともに、制度づくりに向けた一つのビジョンが持てれば、先ほどの「日本がこれからどこに向かっていくのか」を考える際のヒントになるのではないか、と感じることができました。

安藤博(東海大学平和戦略研究所教授)

 加藤さんには、一年前のシンポジウムにご参加いただきました。本日は、遅れていらっしゃいましたが、市民と憲法、東アジアとの関わりなどについて、一言お聞かせ下さい。

加藤朗(桜美林大学教授)

  それでは、一言だけ申し上げます。人間の安全保障ということには非常に関心がありますが、これについて考えるときはいつも、「誰」が人間の安全を保障するのか、主語が一体何になるのかが、いまひとつよく分かりません。また、平和憲法ということに関しては、現在の憲法第9条は、国家の武装権は放棄していることは確かですが、市民や個人の武装権までは放棄していないと考えています。この点についてどのように考えるのでしょうか。

笹本潤(日本国際法律家協会)

  ご紹介のあったGPPACについて一言申し上げます。GPPACでは、今年の3月に東北アジアのNGOが北朝鮮に集まり会議を行いました。そこでは、憲法第9条も問題になりましたが、各国の憲法の平和条項をいかに守っていくかということも議論になりました。例えば、韓国憲法であれば第5条で、侵略戦争を否定するとともに、国軍は自衛を使命とするとされています。しかし、韓国のイラク派兵にあたって、この条文自体は機能しませんでした。憲法が厳格に守られれば韓国は派兵できなかったのです。もちろん日本も第9条が機能しなかったということでは同じです。このように平和条項の規範力がどんどん弱くなってきている状況に対して、市民はもっと意識した運動をしてゆかなければならないのではないでしょうか。GPPACでは、2008年に憲法第9条世界会議をやろうという構想もあり、それに向けても、そういった観点で運動、研究をしていこうという議論をしていることをここで紹介させていただきました。

まとめ:江橋崇(法政大学法学部教授)

 皆さま、本当にご協力ありがとうございました。今回のシンポジウムの狙いは、憲法問題を東北アジアのレベルで語り合ってみようというものでした。

  わたしは、最近このネタで、あちこちでよく言うのですが、横田めぐみさんの娘さんが、DNA鑑定の結果、韓国で拉致された男性の娘であることがわかってうれしく思っています。といいますのは、彼女は、かつて拉致された日本人被害者の娘ということで、この日本人の人権破壊を許すな、この日本人を救い出さねばならないという、ナショナリズムと人権主張がぴったりと結びついた形で、喧伝されてきたわけです。

  しかし、父親が判明したことで、彼女は拉致された韓国人男性の娘でもありました。この先の話は、母方の横田夫妻と、父方の韓国の拉致された男性の親によって、かわいい孫娘を奪い合うということになります。DNA鑑定が出た結果、彼女の問題は、国家の問題ではなく、東北アジアにおける人権問題となりました。彼女がどうすればよいのか、彼女自身の自己決定を優先して、最善の道を選べばいい。わたしは、言葉や料理、文化などを考えれば韓国に行くのがいいと思っています。

  この事件は、東北アジアの問題、憲法や人権の問題は、国境の壁を越えており、これを東北アジアの地域というレベルで考えていかなければならない一つの例だと思います。今後は東北アジアレベルで、各国の市民社会が、お互いもっと内部に食い込んだ議論ができればと思っています。

 司会者の任務に戻らせていただきます。本日の議論では、4つのことが課題として問われているように思います。

  第一は、日・中・韓・台、そして本日は来ていませんが朝・ロを入れた東北アジアの市民社会が、自分の国が、この東北アジアという狭くて相互の関係の深い地域を分かち合って管理していることを認める思想的準備ができているのか、ということです。これはすなわち、少なくともわたしたしの市民社会においては、国家主権といった考えを基本にして、もっぱら国内問題としてだけ憲法を考えるのをやめようという課題といってもよいでしょう。

  第二は、わたしたちの市民社会は、自分の国の憲法が、東北アジアにおける平和と友好の維持を中心として、地域の利益を配慮しながら実現されるべきものである、と認めるだけの思想的準備ができているのか、ということです。一国の利益の範囲を超えた、東北アジアの共通利益を認め、それゆえに自国の外にいる東北アジア地域の市民社会においても、一国の憲法のありようは、東北アジア全体の共通の正当な関心事であることを認められるのか、ということです。

  第三に、市民社会において、地域のレベルで自国の憲法の問題が真剣に議論され、意見が表明され、共通の提案がなされたときに、それを真剣に受け止めて、それに立脚して自国の憲法の改善に努める覚悟があるのか。地域における諸外国の人々の意見をしっかりと聞き、それを基礎として自国の憲法について考えるという思想的な準備ができているのか。また、そのための制度の工夫を考えているのか、という課題がここにあります。

  第四に、日・中・韓・台の市民社会は、およそ一国の憲法構造は、成文憲法典の中に明確に書かれるべきであり、ある国の国家活動は、成文憲法典に基づいて行なわれるべきで、戦前の日本の軍部や現在の中国のように、憲法の外に政治があるということはあってはならないと言い切ることができるか、ということです。これは、成文憲法の下で、それに従ってすべての政治を行う思想的準備ができているか。人治ではなく法治ができるのかということでもあります。つまり、東北アジアにおける成文憲法主義の確立という課題です。

  今日は、こういった点を自分にも問い返しながら考えていました。もちろん、わたしは、東北アジアにおいて、まだまだそういった思想的な準備が整ったとは思いません。今後とも市民レベルでの議論を続け、日・中・韓・台、および朝・ロの六カ国市民社会協議といったものを進めていく中で、一国の憲法と地域の利益の共存ということを考えながら、議論を進めていきたい。そして、それが、遠い未来ですが、東北アジアに共通する憲法をつくりだす作業の第一歩になるのだと思います。

  わたしたち、市民立憲フォーラムは、2年間の議論の成果があったからこそ、こういった地点に立つことができました。これまで2年間の活動に寄せられた協力に感謝し、今後も、この友情を基礎にして議論を深め、東北アジアのスタンダードとしての日本国憲法、あるいはベストプラクティスとしての日本国憲法をつくって行きたいと思います。

  本日は、長い時間のご協力ありがとうございました。


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