全体会議1「北東アジアの平和と市民連帯」

安藤博(東海大学平和戦略研究所 教授)

個々の「人間」として

 国家が軍事力を自国の平和・安全保障の最後の拠り所とするのに対し、市民は平和的手段を平和の達成・維持の拠り所とする。具体的には、今回の「フォーラム」のような対話・交流を重ねることである。

戦争は、国家がそれぞれに自国の平和・安全保障を追求する結果の悲劇である。市民の連帯を平和につなげていくため、「人間の安全保障」(注)という考え方を強調したい。われわれ一人一人が国家の“囲い”を離れ、個々の人間として同じ土俵で同じように平和を求めていこうという考え方である(表「安全保障の諸概念の比較」参照)。

軍事力を基軸とする従来の国家安全保障に比べ、「人間の安全保障」はきれいなだけで実効の伴わないお題目と受け取られがちである。われわれ市民が、平和・安全保障の担い手として、国家・政府とは異なる役割を果たそうとすれば、対話・交流も単なるお付き合いでは済むまい。ときには、軍事力行使に比肩し得る、命がけの対話・交流が試みられねばならないはずである。

「国家」と「人間」

 「人間の安全保障」は、国家安全保障と対立するものではない。「国家ではなく個々の人間を直接の対象とする安全保障」(「人間の安全保障」)といっても、その担い手として国家は圧倒的に大きな役割を占めている。つまり多くの部分は重なっている。しかし、国家が軍事力を平和・安全保障の前面に押し立てくるような場合には、むしろ個々の「人間」の安全保障を損なうこともあり得る。

平和・安全保障に関わる「人間」と「国家」のズレを日本の現状に即していえば、米軍基地の75%が置かれている沖縄住民の「人間の安全保障」の問題がある。米軍に基地を提供することは、日本「国」の安全保障上不可欠とされている。が、米兵による婦女暴行や軍用機の離発着にともなう騒音等で、基地周辺の住民は日夜脅かされている。

「国家」はまた、領土に特にこだわるものだが、領土を巡る争いは個々の人間、あるいは市民にとって、平和・安全保障に直接つながることではない。たとえば、北方四島は、この島に深いつながりを持つ限られた数の人々を除くと、日本に住むわれわれがロシアの人々と事を構え、場合により敵対しなければならないほどの切実な問題ではない。しかし日本対ロシアの国家関係においては、この四島の帰属を巡る対立が、第二次大戦終了後半世紀を経た今日においてなお、平和条約を結ぶことができないでいる理由の一つになっている。中国との間では尖閣列島問題がある。そして韓国との間では竹島(独島)の帰属の問題がある。私は、こんな無人の小さな島のことで、韓国の皆さんと諍いを起こそうなどとは毛頭考えない。日本からこの「フォーラム」に参加する私の仲間も、大方は同じだろう。日本国対韓国という国家関係の中では難題の一つとして残っているが、個々の人間、あるいは国籍を前面に立てない市民の立場では、この種のことで争うのはまったく無意味なことなのである。

このように、平和・安全保障、あるいはその前提となる異国間の人と人との関係について、「人間・市民」と「国家・政府」との間には、ときにはかなり深刻なズレが生ずるのである。いうまでもなく私は、一人の人間、市民の立場から、「国家」が「人間の安全保障」を無用にかき乱すことのないことを願う。

 「人間の安全保障」は他方で、国家がないがしろにし、あるいは国家という単位では取り組みにくい問題を重視している。その一つは、「地球温暖化」や「広域酸性雨」のような環境問題である。もちろん、いずれも各国政府が国際的協調をもとに、国策として取り組んでいる問題である。しかし、地球規模あるいはアジア全域にまたがるような広域的な問題は、加害者・被害者を国という単位で特定することは困難である。勢い、たとえば各国の経済成長や個々の企業の環境保全コストなどのような利害のはっきりした問題に比べて、国家としての取り組みが弱くなりがちである。

同じような問題として、冷戦後の世界でますます深刻になってきた難民問題、あるいは対人地雷の問題がある。紛争が起こると国家は死力を尽くして闘争するが、その後に必ずのように残される難民などの問題には、あまり熱心ではない。むしろ放置したままになりがちだ。冷戦末期の戦場アフガニスタンは、「置き去り」による国土の荒廃が大規模テロにつながっていく事を、無残なかたちで示したのである。

連帯の基盤

 北東アジアでは、差し当たり中東地域のような血みどろの紛争の恐れはない。朝鮮半島と台湾海峡の双方に冷戦の名残があり、しばしば小競り合いが生じているものの、当事国の自制が働き、深刻な軍事紛争にはつながらずに、一応「平和」が保たれている。

 しかし、この状況をわれわれ市民の対話・交流で持続し、より強固な平和につなげていこうとする上で、連帯の基盤は必ずしも容易に築かれるものではあるまい。日韓双方が、相手の「平和への意思」に疑念をはさむ余地があるからである。

 日本の外からは、日本の市民が「平和憲法の空文化」を放置しているとの疑念を免れまい。何より「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」(日本国憲法第9条2項)はずの国が、世界3、4番目にランクされる軍事予算で世界有数の装備を備えた部隊(「自衛隊」)を常備していることである。加えてこの5年ほどの間に、日米軍事同盟を補強するかたちで、「国土自衛」の範囲を超えた「アジア太平洋」の「周辺事態」に対処する立法が次々に進められている。2002年初めの国会では、戦時の自衛隊の行動を円滑化するための、いわゆる「有事立法」が進められようとしている(年表「有事法制関連の動き」参照)。

「あれは対米追随の外務官僚と自民党、公明党などの連立政権のやっていることだ」という釈明は説得力を持ちにくいだろう。この「フォーラム」の場に集う「市民」の多くが自民党政権を支持しているわけではないにしても、国会の過半数を占める勢力を選んでこの政権を支えているのは、まぎれもなく日本の「市民」なのである。

 「北の脅威」を巡っても、日韓双方の市民の間に微妙なズレがあるだろう。2001・9・11の対米大規模テロ以降、「ならず者国家」への対決姿勢を強める米国と共同歩調をとる日本政府を、日本の「市民」の大方はほとんど手放しで支持している。2001・12・22の「不審船事件」は、北朝鮮を当面の「仮想敵」とする有事立法への気運を駄目押しした。さらに2002年になって「拉致事件」に日本の過激派が加担していたことが明るみに出たこともあり、「北の脅威」は嫌悪感と重なって日本の市民に広く共感されている。

 韓国の市民にとって「北」は、一面では日本の市民よりはるかに現実的かつ切実な脅威であるだろう。しかし、他方ではやはり同胞である。「北」を郷里とし、親戚・縁者を持つ人も多いはずである。米国のブッシュ大統領が「北」をイラン、イラクと並べて「悪の枢軸」と呼んだことに対する「市民」の受け止め方は、日本と韓国の間でかなりの隔たりがあったのではなかろうか。

顔の見える交流

 この10年ほどの間に、国際間の交流はインターネットを介して格段に早く便利になっている。が、人と人との交流は、そして特に人の心のも持ち方に関わる「平和」のための交流は、やはり相手に自分の顔を見せ相手の顔を見ながらでなければなるまい。

日本国憲法はその前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とうたっている。他国の害意を前提に、軍事力で安全を確保する途をとることはしないという「平和主義」である。しかし、「諸国民」がいつでもどこでも「平和を愛する」とは限らない。市民がみな平和に徹するとは限らない。だから対話と交流は、政治家や官僚たちが国家を背に職業的に行うのと並行して、市民にとっても不可欠なことだろう。お互い相手に害を加えるつもりはなく、平和を望んでいるという当たり前のことを、確認し合う必要があるのである。

 「会ったところで日頃の疑心暗鬼が解消するわけでもあるまい」と、私自身、交流の効果に懐疑的になることもある。そもそも問題は、この「フォーラム」に参加し「顔」を見せ合うような人々にあるわけではなかろう。日本の側をいえば、「東京・新宿で凶悪犯罪発生」と聞くと、反射的に「第三国人の仕業」と断ずるような人々が少なからずいる。そうした、どの国にもいるはずの、初めから「交流」に背をむけるような人々の「心」の持ち方が、本当の問題なのであろう。

 交流を阻む韓国の側の「事情」を仄聞する機会を得たこともある。私の属する大学研究所が昨年9月「日・韓・中の連帯」をテーマとするシンポジウムを開催するに際して、かつて同じ私の大学で日本の古典文学を研究して博士号を取得され、現在韓国の大学教員になっておられる方をお招きした。特に文化面の交流につきお話いただくのに、最適の方と考えたのである。しかしその若い女性の先生は、悩んだ末に参加をお断りになった。「文化」について話すとなれば、「教科書問題」に触れざるを得まい。それは、自分自身にとっては問題ないのだが、当時の韓国内の空気からすると、日本でのそうした討議に参加することはかなりの物議をかもす恐れがある。大学教員として自分はまだ日が浅いため、そうした難しい問題に関わった際の身の処し方について判断がつかない、といった理由であった。

 とはいえこの「フォーラム」による交流は、私にとって「平和に向けての市民連帯」を体験するかけがえのない機会である。先ず、この機会を得たが故に、北東アジア地域の平和・安全保障をめぐる状況の把握に、それなりの努力をすることになった。市民連帯が平和にとってどれほどの意味を持つかも考えてみた。さらに、人間、市民が平和を求める活動は、「日本」、「日韓」、あるいは「北東アジア」といった特定地域に閉じたものであってはならないということにも思い当たった。平和を、ミサイルやイージス艦などに求めるのでなく、そうした軍備が不要であることを多くの人々が確信できるようにしていくことに求めようとするなら、憎悪と報復の連鎖を断ち切るための交流・連帯は、紛争地域も含めて人の住むところにあまねく及ぶものでなければなるまい。

 あまり縁のない人々が主催した映画製作資金募集の集まりに出て1万円也の寄付をしてきたのも、こうした思いからである。第2次大戦末期(1945・3・10)の米軍空襲で、一人の兄を除き両親兄弟6人の全てを一度に失った当時11歳の海老名香葉子という女性作家(69)が著した自伝作品のアニメ映画化である。この3月末東京の下町、浅草で開かれた会合の挨拶で、海老名さんは「生きる希望と平和の尊さを世界のこどもたちに伝える映画にして欲しい」と語った。2003年春完成したら、映画を持って自らアフガニスタンに行き、自分と同じ空襲の惨禍を受けたこどもたちに見せてやりたいという。平和が、条約案文テクニックをこね回す外交官に任せておけるようなものではないこと、どんなにささやかでも自分の身体をはって平和への思いを人に伝える行動をとることこそが、市民にとっての平和・安全保障であることを実感したのである。

(注) 「人間の安全保障」(Human Security)は、1994年に、国連が途上国の開発・援助を進める施策のなかで提起した言葉である。米国、中国、ロシアのような超大国とは異なる立場で国連主導の平和・安全保障に力を入れているスウェーデンやカナダは、これを自国の外交政策の柱としている。日本も平和憲法の理念にかなうものとして1990年代半ば以降、外交政策のなかに取り込んでいる。特に故・小渕恵三首相は、国連に「人間の安全保障基金」を設立することをハノイ演説(1998年)で提案したのを初め、国会開会時の施政方針演説などで繰り返しこの考え方を強調していた。